Satomi Toyama's Diary

第五話 高層ホテル

遠山里美の受難 第五回

『母さん,元気ですか? いつも心配かけてごめんなさい。里美は元気です。
今夜香港につきました。3泊だけの「週末は香港・桂林グルメツアー」への参加ですが,うんと楽しんで帰りたいと思います。同僚のヤスコちゃんは飛行機で酔ったらしくもう寝てしまいました。短い日程なので私は寝る間も惜しいです。』

遠山里美はホテル備え付けの真っ白で右端に金字でペニンシュラのロゴの入った便せんにペンを走らせた。

ツインベッドの片方でジャケットも脱がず眠っているのは同僚のヤスコではなく,彼女の配属されるところの主任である里見安雄である。

誰にもいえない愛の蜜月旅行だ。

部屋からの眺めは百万ドルの夜景というには若干寂しいものだった。
もっと何か強い刺激が欲しい
生活も自分も変えたい。

でもここは東京や横浜とあまり変わらないわ。
自分を変えてくれない。

里美は寝ている安雄を無理に起こして最上階のラウンジ,クラブ「福禄寿」に行った。
安雄は生ビール,里美はカシスソーダにランブータンやドリアン,ライチの盛り合わせを頼んだ。
安雄はなぜか不機嫌で生返事ばかり。
食べもしないドリアンをフォークでつついたり,ピスタチオの殻をわざと床に落としたりした。

里美もユウウツになった。

部屋に戻るときチェックカウンタで安雄が領収書をくれ,とボーイにいいつけるのを聞いた里美はふいに怒りがこみ上げてきた。

これはランデブーなのよ!
私たちで作る思い出を会社の経費なんかで落とさないでよ!

部屋のドアを開けようとしている安雄の背中に向かって里美は
「私たち,明日は別行動とりましょうね」
とできるだけおだやかに言った。

グノシェンヌ第3番/モーガン・フィッシャー
パリアン/マルコム・マクラーレン
星影のステラ/オスカー・ピーターソン

振り向いた安雄は一瞬泣きそうに見えた。
泣けばいいのよ,と里美は思った。

私たちにはなにかきっかけが必要なの。この生煮え状態はたまらない。
この旅行に幸せな思い出を期待したりもしたけどそれはもういいわ。
せめて終わりはドラマのヒロインになりたい。
悲しすぎるけど何かから解放された自分が待っている。

里美は香港の旅を楽しんだ。

第五回 遠山里美の受難(つづく)

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